大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成4年(ヨ)1095号 決定 1993年2月09日

債権者

沢口和善

右訴訟代理人弁護士

野村和造

大塚達生

田中誠

福田護

鵜飼良昭

高田涼聖

岡部玲子

債務者

大申興業株式会社

右代表者代表取締役

櫻井巖

右訴訟代理人弁護士

武藤澄夫

岡昭吉

島進

主文

一  債務者は、債権者に対し、平成四年一一月一四日から本案の第一審判決言渡しの日まで毎月二八日限り一か月三四万二七九〇円の割合による金員を仮に支払え。

二  債権者のその余の申請を却下する。

三  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

一  債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成四年一一月一四日から本案判決確定の日まで毎月二八日限り一か月三四万二七九〇円の割合による金員を仮に支払え。

三  申請費用は債務者の負担とする。

との判決を求める。

第二事案の概要

一  本件解雇に至る経緯

1  債務者は、横浜市から委託されて同市内のし尿の収集運搬業務を行っている会社であり、債権者は、平成三年九月一七日に債務者に雇用され、以後、右業務に従事していた者である。

債権者の本件解雇直前の賃金は一か月平均三四万二七九〇円であり、その支払日は毎月二八日であった。

2  債務者は、平成四年一一月一二日当時、同市瀬谷区宮沢町に営業所を置き、バキュームカー四台を保有し、所長櫻井巖(現代表取締役社長)のほか、債権者を含む運転手四名、助手一名と事務員一名を雇用していた。もっとも、同所長は、債務者と同じ岩崎グループに属する横浜環境保全株式会社の営業所長に出向していたため、同じ岩崎グループに属し、債務者と同じ場所に営業所を置き、同じくし尿の収集運搬を業としている岩崎清運株式会社の営業所長本荘好信が債務者の営業所長の事務をも処理していた。

3  債権者は、右同日朝、債務者の営業所において、本荘所長に対し、債権者が総評全国一般労働組合神奈川地方連合(以下「地連」という。)に加入したこと及びその理由を記載した「地連加入趣意書」を交付し、午後に地連役員が来るので宜しく願いたい旨を告げたところ、同所長から、休憩室で待機するよう命じられた。

4  同日午前九時前ころ、債務者の会長岩崎日出男が休憩室に入り、いきなり、債権者に対し、「馬鹿野郎」「てめえ、いったいどういうつもりだ。」と怒鳴りながら、テーブルの上にあった灰皿、コーヒーカップ、グラス等を次々に投げつけ、鉄棒で、テーブルを叩き、さらに、「組合に入ったらどうなるかわかっているんだな。」「ぶっ殺してやる。」「すぐ(組合を)やめろ。やめなかったらくびだ。」「やくざや暴力団を使う。」「今日はドスを持って来ているんだ。」「おれは差し違える覚悟だ。」「おまえを殺しても罪にはならねえぞ。」「団交なんかしねえぞ。」「給料が上がると思ったら大間違いだ。」「おまえの家にも行くからな。」などと怒鳴った。

そのうちに、声の調子を落として、「いいか、給料は上げてやる。」「誰にも言うな。」などと言い、本荘所長にも口止めして退室させた後、「組合をやめたらポケットマネーから金を出してやる。」「いくらだ、三〇万か、足りないか、五〇、一〇〇?」などと言って、債権者を地連から脱退させようとした。

次いで、同日午前一〇時ころ、櫻井所長が休憩室に入って岩崎会長と交替し、その後、岩崎会長の子で当時の代表取締役社長岩崎満も休憩室に入った。そして、櫻井所長は、「おまえが組合に入ったことでみんな迷惑している。」「みんな動揺している。」「事故があったらおまえの責任だ。」などと繰り返し、岩崎社長が退室した後も、「飯だけでも喰っていけよ。」「おれは納得できないよ。」などと言って話を続けていたが、同日午後〇時三〇分ころ、事務員に給料袋、便箋と印鑑を持参させた。これを見た債権者が、同所長に解雇かと尋ねたところ、同所長が予告解雇であると答えたので、債権者は、抗議に来た地連組合員とともに退室した。

5  同日午後一時三〇分ころ、地連役員と債権者が営業所において、本荘所長に対し、組合加入通知書、団体交渉申入書及び冬季一時金等の要求書を提出しようとしたが、同所長はその受領を拒絶した。

6  翌一三日、午前七時過ぎ、櫻井所長は、債権者に対し、「昨日会社で検討した結果会社都合により本日をもって退職してもらいます。」と告げた。そして、翌日以降債権者の就労を拒否している。

(以上の事実のうち、1ないし3、5及び6の事実は当事者間に争いがない。4の事実のうち、岩崎会長が休憩室で債権者と会い、その際、大声を上げたこと、次いで、櫻井所長が岩崎会長と交替し、さらに岩崎社長も入室して債権者と会ったことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠略>によって認めることができる。)

二  争点一(解雇事由)

(債務者の主張)

1 債務者は、従前一〇台のバキュームカーを保有して横浜市からし尿の収集運搬の業務を受託していたが、公共下水道が普及し、し尿汲み取り世帯が大幅に減少したことに伴い、その業務量が減少したため、同市の方針に基づき、昭和五八年一〇月から平成四年一〇月までの間に六台を減車した。そして、本件解雇当時においては、前記のとおり、四台を使用して、受託業務を処理していた。

2 しかしながら、債務者は、この間、多額の損失を生じ、その繰越損失は、平成元年五月末日で九九六万〇五三七円、平成二年五月末日で九一七万七一六七円、平成三年五月末日で五九二四万〇一二八円、平成四年五月末日で四四二〇万九六二〇円に及んでいるが、将来これが好転する見込みはなく、むしろ、公共下水道の普及に伴う業務量の減少により一層損失が増えることは明白である。また、業務量の減少に伴い、横浜市が減車の速度を早め、二年ないし三年後には、同業各社とも殆ど受託業務がなくなると予想されるが、その時点で各社が一斉に人員整理をすると、労使紛争を頻発させるおそれがある。これを回避するためには、受託業務が残っていて、債務者に幾分なりとも体力のある時点で人員整理を行う必要がある。

3 そこで、債務者は、平成四年一〇月に整理基準を設け、これに該当する債権者一名を解雇する方針でいたところ、債権者が、同年一一月一二日朝、債務者の施設内で許可なくビラを配布し、さらに、就業時間内の午前七時三五分ころ、本荘所長に対して、組合関係文書を交付するなど約一五分間にわたって組合活動を行ったので、債権者の右行為をも考慮して、同月一三日、「事業の縮小停止等やむを得ない業務の都合により必要がある時」は従業員を解雇することができる旨を定めた就業規則一六条一項三号により、債権者を解雇したものである。

(債権者の主張)

1 債務者の主張1の事実は認め、同2の事実は否認し、同3の事実中、就業規則一六条一項三号に債務者主張の定めがあることは認め、その余の事実は否認する。

2 債務者の主張する解雇事由は、就業規則の右定めに該当しないことは明らかである。すなわち、債務者は、横浜市が委託料の算定基礎としている人数よりはるかに少ない人数で受託業務を行い、年間八〇〇〇万円を超える収入を得ているほか、減車をする都度、同市から多額の補償金を得ている。平成四年一〇月の減車の際も、転業援助金二〇九五万七〇〇〇円、功労金一二九万二〇〇〇円、従業員の転職援助金六四二万六〇〇〇円のほか、車両廃棄の補償金も受けているのであるから、本来ならば損失が生ずるはずがない。それにもかかわらず、損失が生じたのであれば、それは、毎年四〇〇〇万円近く支払われている役員報酬が原因である。したがって、債務者の損失と債権者の解雇の必要とは無関係である。

3 債務者は、債権者が地連に加入したことを嫌悪して、本件解雇をしたものである。

三  争点二(保全の必要)

(債権者の主張)

債権者は、妻と幼い子の三人暮らしで、債務者から受ける賃金を唯一の生活の糧としてきており、蓄えもないから、本件解雇によって直ちに生活が困窮することになる。また、幼児は病気をしやすいから、解雇により健康保険を打ち切られると多大の不利益を受けることになる。したがって、地位保全と賃金仮払の仮処分の必要がある。

(債務者の主張)

地位保全の仮処分申請は、任意の履行に期待する仮処分を求めるものであるから、申請の利益を欠き、不適法である。

その余の仮処分申請についても、保全の必要性を争う。

第三争点に対する判断

一  債務者の各営業年度の決算書に次期繰越損失として債務者主張の額が記載されていることは認められるが(<証拠略>)、債務者は、そのこと以上に、債務者の経営の実態や損失を生じた原因については、何の疎明もしないから、なぜ損失があれば債権者を解雇する必要があるのか全く明らかでない。かえって、横浜市からの委託料が、バキュームカーの台数に応じた必要経費を見込んで算定されていることや、債務者が、債権者の解雇による欠員を新たに採用する従業員で補充していること(<証拠略>)からすると、債権者を解雇したからといって経営状態が改善されるものではなく、債務者の損失と債権者を解雇することとは、何の関係もないと思われる。したがって、繰越損失があることだけでは、就業規則の右定めに該当するということはできない。

また、債務者は、将来減車する際の人員整理に伴う労使紛争を回避するために、債権者を解雇する必要があると主張するが、そのような事由が就業規則の右定めに該当しないことは明らかであり、むしろ、前記の休憩室における岩崎会長の言動その他債権者の地連加入から本件解雇に至る経緯に徴すると、債務者は、債権者が地連に加入したことを嫌悪して解雇したものというべきである。

そうすると、本件解雇は、解雇理由がないのになされたものであるから、解雇権を濫用するものとして無効であり、また、債権者が地連に加入したことを嫌悪してなされたものであるから、不当労働行為にあたるものとしてこの点からも無効というべきである。

二  債権者は、妻と幼い子の三人暮らしで、債務者から受ける賃金だけで生活してきた者であり、その家族構成からみて、少なくとも従前の賃金額程度の生活費は必要である(<証拠略>)から、本件申請中、賃金仮払仮処分については、保全の必要があるというべきである。しかしながら、地位保全の仮処分については、その必要があると認め得るような特段の事情はない。

三  よって、本件申請は、本案の第一審判決言渡しの日までの賃金仮払を求める限度で理由があるものと認めて、その限度で、事案の性質を考慮して保証を立てさせることなく認容することとし、その余を却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 小林亘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例